研究紹介(論文):産業革命以前の大陸内部における硫酸エアロゾルを記録する新たな指標の発見

大気環境領域の服部祥平連携研究員(本務: 南京大学同位体効果研究センター(ICIER))らは、同氏が所属する研究グループと共同で、炭酸塩併存硫酸塩(Carbonate associated sulfate、CAS)に保存された産業革命以前の硫酸エアロゾルに関する論文を発表しました。

CASは、地球化学者にとって長年の悩みの種でした。なぜなら、CASにいったん保存された情報は、岩石形成過程や実験室での抽出プロセス中に変化する可能性が常にあり、その起源や意味を正確に解析することが困難だったからです。この問題が特に顕著になったのが2014年に発表された論文で、CASを可溶性および酸溶性の硫酸を段階的に抽出すると、可溶性画分は大気沈着によってかなり汚染されていることがわかりました。この発見以降、硫酸塩を段階的に抽出し、その硫黄及び酸素同位体を測って丁寧に検証することが、岩石ができた当時の記録を復元する一般的な実験手順となりました。

南京大学ICIERの研究グループは、これまで無視されてきたCASの段階抽出時の水溶性硫酸のデータを再評価したところ、現在の大気と比較して高い三酸素同位体組成(Δ17O値)が含まれていることを発見しました。

硫酸のΔ17O値は大気中での硫酸エアロゾル生成時の化学反応を履歴しています。すなわち、発見された高いΔ17O値は、産業革命よりずっと以前に大気硫酸エアロゾルの大気生成過程が現在と異なることを示唆しています。特に、Δ17O値が高いという事実は、液相でのO3酸化反応の寄与が現在よりも重要であったことを示します。

服部准教授は、環日本海域環境研究センター大気環境領域の石野助教と共同で運用しているGEOS-Chem大気化学輸送モデルを用い、二酸化硫黄(SO2)などの人間による排出を1750年(つまり産業革命以前のレベル)に設定した結果、その時代の大気は現在と比較して酸性物質が少なく、大気酸性度が低かった(大気中の雲のpH値がより高かった)ことが確認されました。この環境下では、液相でのO3によるSO2酸化反応の寄与が増し、結果として硫酸のΔ17O値が高くなることが明らかになりました。

産業革命以前の大気中の化学反応場の復元はこれまで困難であり、硫酸エアロゾルの生成過程はよく理解されていませんでした。今回の発見は、硫酸が液相で生成されている割合が多く、より粒径の大きな硫酸エアロゾルが多かったことを示唆しています。これは、硫酸エアロゾルの粒径分布、気候影響、雲生成に影響を及ぼし、それらが現在と異なっていた可能性を示します。過去の硫酸エアロゾルの生成過程や微物理過程に対する新たな情報は、全球気候モデル予測の最大の不確定性要素の一つである微物理過程を制約する新たな指標となり、未来の気候変動予測の重要な要素を提供することが期待されます。

 

雑誌名:Nature Geoscience

論文名:Record of pre-industrial atmospheric sulfate in continental interiors

発表者名:Yongbo Peng, Shohei Hattori, Pengfei Zuo, Haoran Ma, Huiming Bao

ウェブサイト:https://www.nature.com/articles/s41561-023-01211-5