研究紹介(総説):【宇宙環境が宇宙飛行士の生理機能の異常を引き起こす原因の一つとして微小重力や“地上と大きく異なる光環境”が誘発するメラトニン量の調節異常を提唱】

環日センターの鈴木信雄教授、公立小松大学の平山順教授、東京医科歯科大学の服部淳彦教授を中心とする研究チームの成果としてJournal of Pineal Research Vol.74 (1) に総説が掲載されました。


Physiological consequences of space flight, including abnormal bone metabolism, space radiation injury, and circadian clock dysregulation: Implications of melatonin use and regulation as a countermeasure

https://doi.org/10.1111/jpi.12834


【研究の背景】

軌道上宇宙飛行は、人類にとって現実的なものとなっている。将来的には、火星への有人探査の可能性もあり、宇宙への長期滞在をする人類はますます増えていくと予測されている。宇宙空間にさらされた人間や動物、あるいは地上での宇宙飛行のシミュレーションの研究から、微小重力を含む宇宙環境が、睡眠障害、体内時計の調節障害、免疫機能の低下、心血管機能障害、腎結石、筋肉の萎縮、骨粗鬆症様の症状などさまざまな病態生理を引き起こすことが明らかにされている(図1)。微小重力に加えて、宇宙放射線への曝露は、宇宙飛行士の健康を危険にさらす可能性がある。特に、宇宙飛行中に蓄積される放射線被曝のため、長期にわたる深刻な潜在的脅威となる。宇宙飛行の増加に伴い、これらの特殊な条件下で誘発される宇宙飛行士の生理学的影響の基礎となるメカニズムを明らかにし、予防のための戦略を開発することが重要である。本総説では、宇宙環境が宇宙飛行士の生理機能の異常を引き起こす原因の一つとして微小重力や“地上と大きく異なる光環境”が誘発するメラトニン量の調節異常を提唱した。加えて、メラトニンの宇宙飛行の生理機能への影響を抑制する機能の可能性を記述した。

 

【研究成果の概要】

宇宙環境は、宇宙飛行士の多様な生理機能に影響を与え、骨粗鬆様の症状、睡眠障害、体内時計の調節障害、心血管・代謝異常、免疫機能の低下などを引き起こす。我々は、2019年に宇宙空間で行った研究で、睡眠や体内時計を調節するホルモンであるメラトニンのレベルが、in vitroの骨組織モデルで、減少することを報告している(Ikegame M et al. J Pineal Res e12594 2019)。また、軌道上宇宙船内の光条件は地上に比較し低照度である。さらに、宇宙空間では、地上では約24時間の周期で変化する明期/暗期のサイクルが消失する。これらの宇宙空間における地上と大きく異なる照明条件は、宇宙飛行士のメラトニンレベルの調節障害を誘発し、その結果、睡眠障害と体内時計の障害の原因となる可能性がある。地上で行われてきた様々な研究から,メラトニンが睡眠や体内時計以外にも、骨代謝や放射線応答といった様々な生理機能を調節していることが報告されている。以上より、宇宙空間におけるメラトニンの調節異常が、上記の宇宙飛行士の生理機能の異常に関連する可能性がある。

我々は、宇宙飛行を経験したin vitro培養モデルを用いた遺伝子発現プロファイリングを行い、宇宙放射線がDNA修復や酸化ストレス応答遺伝子の発現を変化させること、およびメラトニンが宇宙放射線に応答するこれらの遺伝子の発現を打ち消し、細胞の生存を促す可能性を報告している(Furusawa Y et al. Mol. Med. Rep. 2020)。この知見は、前段落の知見と合わせ、宇宙飛行の生理機能への影響を抑制するために、外因性メラトニンの使用と内因性メラトニンの調節が重要であることを示唆している。

本総説論文では、オリジナルの結果として、「過重力処理により、メラトニン合成酵素やメラトニンの前駆体の量が増加することを支持する結果」(図2)と「宇宙空間で宇宙放射線の量を測定した結果」(図3)を報告している。

 

 

図1.宇宙飛行により宇宙飛行士に観察される病態

図2.過重力処理のメラトニン合成系への影響

図3.ISS(宇宙空間)での宇宙放射線の測定